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あいすまん

あいすまん

感想(『創樹』13号)

金沢学院大学「創樹会」
『創樹』13号 感想

宮城隆尋

●コングラテュレイションズ…澤登邦雄

 書体が読みづらい。文字間隔は詰めたほうがいい。「丶」の表記は統一してほしい。
交錯するそれぞれの人間模様が一歩引いたスタンスで感傷に流されることなく淡々と描写されていて、世界観、キャラ付けともにまとまりがあると思う。しかしそれ故に世界そのものの空気(情景)の描写がもっと丹念で読者に訴えかけてくるものであれば、その対比で二つがより際立ってもっと強く印象に残るものになると思う。会話に頼っていないのが良いと思うが、少々あらすじ的になってしまっている気がする。


●死との約束…宇宮尊仁

 ショートショートらしいショートショートに成っていると思う。短い展開の中で恋愛の孕むエゴを浮き彫りにしている。身勝手な欲望を叶えてしまった末の自己嫌悪、罪悪感からの恐怖や焦燥の象徴としての「あいつ」。そう読んだ場合、話としてはよくまとまっているが、最後が「死刑」であることが無難すぎて疑問に思った。主人公の死を秩序にゆだねてしまっては弱い気がする。警察からは逃げられたが、制御の利かない無秩序(事故など)であっけなく死を迎える、といった展開のほうが「あいつ」が活きて面白いと思った。
雨上がり、フロ上がり、ビール市来
 部屋の中で雨は上がって、暖かい風呂も上がって、ビールを飲ませてくれるわかってる彼女。ポジティブなイメージで覆われた、ビールのコマーシャルのようなショートショート。雨の中の風景を走る場面のテンポのよさは良いとおもう。「おケイ」は魅力的で、理想的なキャラクターとしてよく作りこまれていると思う。喉ごしすっきり読めた。


●海のトレモロ…MVCH-29019

 パロディや反復、行き過ぎ、ミスマッチなど、笑いを喚起する要因に満ち溢れ、かつ友情と恋愛を含むハッピーエンドにつなげた質の高い娯楽小説といえると思う。しかし笑いだけでなく文学作品として普遍性を持ち得るかという点から考えてみると、まずキャラクターの作り込みだが、テクストは一見それぞれの文脈がギャグセンスに引っ張られて暴走しているように見えて、それぞれがキャラ付けの要素として必然として配置されている。世界観をみた場合、独立した個性をもったキャラクターがそれぞれと関係性を結ぶなかでMVCH-29019的フィルターを通されて、統一感のある世界観を生んでいる。読ませるテクニックとしてのリズムも疾走感あふれる文体から自然に感じ取れる。テクストの疾走感やテンションの高さから、思わず勢いにばかり目が行くが、作品としての完成度は高く、ある種のパロディを除けば、文学作品として高い水準の普遍性を持っているといえると思う。


●隣人 他4篇…長出泰典

 方法意識の甘さが致命的になっていると思う。どっちつかずなかんじがした。
 この詩群はまず文章として素直に読むと意味が不明であり、書体が凝っていて、何かしら訴えているのは分かる。しかしそれ以上読者はついていけないと思う。従来の詩は「意味」で読む詩と「うた」で感じる詩の二つの方向性に大別できると思うが、この詩群はそのどちらからも脱することのできる可能性のあるダダイズム的作品であるとは思う。しかし必ずしもうまく表現できているとは言いがたい。意味の断絶された主述、行間に、作品が意味付け(物語化)されて伝わること自体への苛立ちを読み取ることも可能ではあるが、そうも難しいのは一貫性のなさによる。ところどころで顔を出すメッセージ的要素(「よく喋りよく笑え」「奪い取れ」など。「仮想殺人」はそれ自体意味のもの)や、各作の終行やタイトルにまとめや意味付けが見受けられる。それ自体がメッセージに対する空洞化だと読むにも徹底されていないので説得力に欠ける。結果として、読後頭に残るのは凝った書体のみとなって内容は印象として残らず、この詩の主題は書体であるというふうにしか理解の及ばないものになっていると思う。「隣人」に見られる意味の破壊は徹底することで逆に言語センスが試されるだろうし、ダダ的方向で新境地を拓く可能性は持っていると思うが、結果的に私はこの詩群に書体以外のアイデンティティを見出せなかった。


●創作におけるシュルレアリスム再考論…米岡幹夫

 誤字が多い。
 研究のあとは見られるが、提示された結論が実作者にとっては既に自明とされているものであると思う(過去の名作の消化吸収、自分なりの実践、哲学や思想の観念化など)ので、また作者も論中でそう言っているので、この論には確認以外の意味がないように思える。多くの文献を用い、概説を客観的に述べたまでは良いが、結びがあまりに抽象的。新しいというより曖昧。はぐらかされた感じがする。また、最後の「尚、当エッセイは~」の文は問題。引用の必然性が曖昧な論に説得力はあるのか。独創的というよりは抽象的。論においては曖昧さは問題点となる。「再考論」自体「再考の余地」を残して未完のまま掲載する必要はあったか。完成させるか実践するか、何らかの発展形を提示したほうが良いと思う。


●聖夜の風船…天柚木香貫夜

 いい話。誤字多い。会話、セリフに頼っている感あり。
 子供にとっての風船一つの大きさにある程度の説得力を感じた。クリスマスと日本人の信仰に対する認識について一人で考え込んでいるところは、使い古されたものだが、その後「どうせなら~」と心情を正直に吐露しているのが良い。一郎の心の傷が補完されていく物語としてよくまとまっているが、良い意味での裏切りというか、展開の独自性に欠けると思う。それはそれで毒がなくていいんだが、読後スッキリしてしまって印象が薄くなってしまうと思う。予想のつかない展開へ一度持ち込んでからまとめるとか、クライマックス部分の幻想的風景をもっとしつこいぐらい丹念に描写してみるとかどうでしょう。文脈の持つイメージの喚起力を増すという意味で。どちらにせよ読者に刺さるものがほしいという感じです。


(2001 金沢学院大学「創樹会」への書簡として執筆)


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